コラム&トピック

被害者から見た一事不再理と法の原則

石川(インターネット管理・メディアサポート)



 未解決になっている池袋駅構内立教大生殺人事件では、当初「過失致死罪」として捜査が行われていたが、遺族たちが事件の真相がわからないのに罪名が決まっているというこの問題に気が付き、自ら声を上げて、時効を迎える直前で罪名変更による時効延長を勝ち取った。昨年(2019年)の、罪名変更により時効が延長された埼玉県熊谷市での小学4年生男児の死亡ひき逃げ事件も、構図は類似している。被害者の遺族が自ら声を上げることで時効の延長が実現された。法が人により定められたものである限りは、人為によりその線引きを変える道筋もある。

法に対して核心の論争を
 池袋駅構内立教大生殺人事件の遺族は、2010年に凶悪事件の時効撤廃が実現した後、自分の家族の事件に対して時効撤廃が適応されることを「法の不遡及の原則」に触れてしまうことなどを理由として、異例とも言われるが、自ら捜査継続の停止を要望した。

 この要望の背景には「被害者感情で法の原則を歪めてしまうこと」があった。とはいえ、それは法の不遡及という原則を無批判に丸呑みにして墨守しようとしていたのではなく、図らずとも人が定めた罪と罰に向き合わなければならなくなった家族達が熟考した末の結果だったのである。

 日本の社会は、法に対しての核心の議論を避ける傾向にあることが否めない。法と犯罪と刑事手続の問題は、社会秩序の根本的な構成要素である。犯罪被害者や家族という当事者が、追い込まれた中でその身を犠牲にしながら声を上げることで変革を成し遂げることはあった。それは、それまで当たり前のものとして受け入れていた常識、法の原則を、当事者となることで改めて考えざるを得なくなった結果である。しかしながら、犯罪の被害に巻き込まれた当事者にならなくとも、もっと多くの人々に真剣に社会の在り方について考えを巡らせて欲しいと思う。

 法の原則と罪刑法定主義の存在意義、一事不再理と再審への道筋、さらには時効の線引きのような公訴権の範囲や警察・検察といった組織の問題、そしてそれぞれの置かれている立場によって違ってくるであろう価値判断の基準。考えれば考えるほどに矛盾や折り合いの難しい課題が湧き出てくるが、それらとしっかりと向き合うことが良い社会をつくる第一歩なのだから。




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