コラム&トピック

犯罪被害に遭うということ

今田たま(強盗殺人事件・被害者遺族)



あの日、父の死を告げられた時から始まった私の絶望。
その時、私は2つの確信を心に抱いた。
1つは、もう私の人生には二度と楽しいと思う出来事も、心から笑える日も訪れないのだという事。
そしてもう1つは、もう私は父が死ぬ前の、元の自分には戻れないのだろうという事。

それからうつ病を患い、会社を解雇され、社会復帰もままならない絶望の日々が数年続いた。
この頃の私は、ただうずくまって膝を抱えて、殻に閉じこもって居たかった。
犯罪被害にあう、遺族になるという事は、それまでの価値観を一変させ、人をどん底に追いやる。

その一方で、当時から付き合いがあった、現在の同居人・くらこに依存し、縋る日々が続いた。
毎日のように電話し、弱い心を吐き出した。辛い気持ちを吐露した。
今思うと、こうやって心の内をさらけ出す相手がいてくれた事は、どんなに私を救ってくれただろう。
今でも感謝しかない。

そして事件から3年、くらこと同居が始まったあたりから、私の心はある種の「再生」を始めた。
父の事を、事件の事を、忘れる事はもちろんない。
どんなに日々が過ぎても、いつまでもあの日の、父を亡くした喪失感は埋める事はできないし、今でも穴の空いた心は変わらない。でも「それでいいんだ」と思えるようになった自分がいる。

そして、二度と楽しい事なんてないと思っていた私は、今、色々な事を楽しめるようになった。
元々好きだった漫画を読むのが楽しい。今では仕事になった、漫画やイラストを描くのも楽しい。
テレビを見て笑う事も出来るし、くらことの毎日の何げないくだらないやり取りは冗談に満ちている。
同居人の犬や猫の仕草は愛おしい。
二度と感じる事はないだろうと思っていた、人間らしい感情は、流れる時間の中で、ゆっくりゆっくりと戻ってきた。




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