コラム&トピック

当事者が声を上げるということ

石川(インターネット管理・メディアサポート)



被害者感情と理性の狭間で
 「当事者が声を上げる」ということ.言葉にしてみると簡単に聞こえますが,やはり葛藤が伴います.犯罪被害者や家族の間であっても,それぞれ背景は異なりますし,意見を違える場合もあります.新たなつながりは,それまでに無かった課題点も浮き彫りにさせます.

 ポエナの会での出来事を例に挙げてみましょう.

 当会の設立を呼びかけた小林邦三郎は,1996年に発生したJR池袋駅山手線ホーム上立教大生殺人事件の被害者遺族(父)であり,家族で懸賞金をかけて情報提供を求めていました.犯罪被害者の遺族らが捜査に関係する情報に懸賞金をかけて,それが事件解決に結びついた先例もあります.
 とはいえ,それが常態化してしまうと“被害者家族の私的資金力”が捜査に影響することになります.もちろん家族が懸賞金をかける自由はあるのですが,それにより社会に不平等をもたらしてしまうのであれば,不本意な結果となってしまいます.声をつなげてゆくと,このような側面も浮き彫りになってきます.

 当事者としてどうすれば良いのかと考え,事件の重大性や,捜査への有効性に基づいて懸賞金がかけられるように「公費」による制度を求めました.幸いなことに2007年の4月から公費懸賞金制度が導入されています.

 さらにぶつかった問題が「時効の撤廃における法の遡及効」というものでした.

 残念ながら池袋駅での事件は現在でも未解決のままです.犯罪により命を奪われた被害者の尊厳と遺族の被害からの回復のためにも「凶悪事件の時効撤廃」という声を上げてきました.そして2010年4月27日に凶悪事件の公訴時効が撤廃され,当該事件も時効撤廃の対象となりました.それ自体はとても喜ばしい事だったのですが,法律が改正される以前の事件にまでその効力が及んでしまう「遡及効」に対する懸念が残っていました.

 後から法律を作って遡って何でもできるようになってしまえば,法を守るという意識を害してしまいます.両親は「自分たちの被害者感情で,法律の原則を歪めてしまう」という現実に悩み,結局,自ら公費懸賞金制度の対象からの辞退を要望するに至りました.

 これは「刑事」での事例でしたが,「民事」でも葛藤があります.




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