コラム&トピック

当事者が声を上げるということ

石川(インターネット管理・メディアサポート)



できることを模索する
 犯罪の被害に巻き込まれる可能性は,誰にでもあるものです.
 これまで犯罪被害の当事者として声を上げてきた人たちも,実際に被害に遭うまでは「まさか自分が当事者になる」なんて思ってもみなかったと言います.まさにある日突然,当事者になってしまうのですね.事件が起きてはじめて自分の親しい人間が置かれていた状況を知り,何も知らなかった,何もできなかった自分を責めてしまうこともあります.激しいショックを受ける一方で行政手続きなどでやることが山積みになってゆき,当たり前だった日常から切り離され,社会から疎外されてしまうのです.
 そんな中で,被害者や家族はできる事を模索してゆかなければなりません.

 その時に犯罪被害者や家族にとって後々まで必要になってくるものが「記録」です.

 当事者として声を上げることも,損害賠償を求めて提訴して原告になるにしても,その事件についての具体的な記録が手元に存在しないと,どうにもならなくなってしまいます.民事の場合,被害者側(原告)の行動についても問われます.事件当初の家族の対応を示すために,携帯電話の通話記録が必要になったという例もありました.これも時間が過ぎてしまうと,どうしようもありません.

 事件の情報を残すことは,巻き込まれた被害者本人にはさすがに無理な話です.家族や友人,親しい方が支えて上げてください.家族も相当なダメージを受けるのが常ですが,時系列を追いかけられるだけの情報が残っていれば,それだけでもできる対応の幅がまったく違ってきます.家族の間でも,人によってそれぞれ被害のショックから冷静になれるまでの時間はだいぶ異なります.万が一の際には冷静になれた人が記録を付けておいていただけると,後々後悔をしないですみます.本当に簡単なメモだけでもあれば助けになることがあります.

 また「記録を残すこと」であれば,犯罪被害者や家族といった当事者でなくともできる事です.ドライブレコーダーやスマートフォンのカメラによる動画など,以前にはなかった方法による情報共有が事件解決につながる可能性も出てきました.「事件が起きたのを目撃したときにスマホを向ける」といった行為には倫理的な問題がありますが,目撃者探しや情報提供を求めている未解決事件ではなくとも,あとほんの少しだけでも情報があれば状況も違っていただろうということがあります.犯罪被害や事件などとは関係のない方でも,何かあったときに,ほんの少しだけでも注意を払っていただければ幸いです.

 当事者が声を上げることには葛藤が伴いますし,自分たちで文章や映像にして記録を残すことも負担のかかることです.情報をつなげてゆくと,思わぬことも起こります.それでも一歩ずつ,少しでも犯罪被害に巻き込まれた人たちが救済され,理不尽な事件が抑止される良き社会に結びついてくれればと願ってやみません.

石川(インターネット管理・メディアサポート)




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