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【コラム】マスメディア・政府施策と犯罪被害者

 去る2011年の7月、日本ではあまり知られていませんが英国の日曜大衆紙『ニューズ・オブ・ザ・ワールド』(紙齢168年、発行部数265万部)が廃刊になるという事件が起きました。

 ニューズ・オブ・ザ・ワールド(以下NoWと表記)廃刊の契機になったのは、同誌の記者たちが2002年の誘拐事件で犠牲となった当時13歳の少女の携帯電話に残されたメッセージを盗聴・削除していたことをすっぱ抜かれたことでした。話題性を追求するあまりに「盗聴」というスタイルを使い、誘拐事件や無差別テロの被害者などまでがその標的となったのです。NoW廃刊は、そうした手法で逮捕者が出たことによります。

 逮捕者の中に、イギリス、キャメロン首相の主席報道官を務めていた人物までが含まれていたことで、政治とメディアの関係にかかわる大きな問題ともなりました。

 この件では、単に盗聴だけではなく、家族から被害者への新たなメッセージを盗聴したいがために携帯電話の古いメッセージが消され、少女の両親は娘が生きていて電話を操作しているという希望を抱かされてしまいました。被害者の家族からすれば、これは極めて残酷な行為です。さらに、誘拐事件の被害者だけではなくテロの被害者やイラクやアフガニスタンで戦死した英兵の遺族たちまでもが盗聴の対象となっていたことが明かされると、英国世論の反発は頂点に達しました。

 その変化を察知した広告主たちは同紙のスポンサーから一斉に退去、廃刊が決まりました。同紙のオーナー、ルパート・マードックはその責任を問われ、英国議会に喚問されました。ルパート・マードックは、アメリカを拠点に53カ国でメディア事業を展開する“メディアの帝王”として知られています。その帝国が揺らぐ結果となりました。
 彼の経営哲学は、「すぐれたメディアとは大発行部数、高視聴率のメディアだ」とする、商業主義的なものであることは世界的によく知られています。この事件は、販売部数を追い求め、社会的に弱い立場の人間を食い物にしても構わないとする商業的ジャーナリズムのあり方への強烈な問題提起となりました。

 商業主義による社会的な弱者に対する不適切な扱いや、過剰な報道手法というのは、先進国であれば何処でも発生する問題です。

 日本では、内閣府が実施するアイドルグループAKB48をもじった自殺対策強化月間の標語「あなたもGKB47宣言!」が、あまりにも不謹慎であると指摘を受け、撤回されることになったという事例がございました。問題の標語は、内閣府「自殺対策推進室」により昨年11月に考案され、責任者である当時の所管大臣は蓮舫氏でした。蓮舫大臣は内閣府の「犯罪被害者対策推進室」の、同じく所管大臣でした。昨年12月には、蓮舫大臣が所管大臣として内閣府主催で犯罪被害者週間、「犯罪被害者週間国民の集い」が開催されましたが、地道な活動を続ける被害者団体やグループの一部に大会の案内が届かず、正式参加が出来なかったということがありました。ポエナの会も、この点については非常に残念に思い、主催の内閣府に対し改善を要求させていただきました。

 犯罪被害者は、センセーショナルな報道や世間の好奇の目に晒されてしまいがちな存在です。同時に、月日が経過すれば事件の存在も忘れ去られ、マスメディアからみた商業的価値がなくなれば、その後の捜査協力や残された者の生活の困窮などの訴えも見過ごされがちなのが残念ながら犯罪被害者やその家族という存在です。イギリスで起きたNoW廃刊事件は、英国メディア界の危機を象徴するような出来事でしたが、日本でも類似の事件が起こらないという保証はありません。

 メディアやジャーナリズム、政府による施策の標語といった広報活動は、各々の時代の社会が生み出している政治、経済、文化の諸問題を反映しているものです。マスメディアや公共問題に関わる広報の関係者は、自らも社会の公器である自覚を持ち、その身を引き締めて公平な目での事件の検証・調査や社会制度のあり方について、しっかりとした報道、事業展開をしていただきたいと切に願います。

2012年2月23日掲載


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