宙返りのメカニズム(2023/2/10 原稿は2006年9月作成済、投稿忘れ)

プロペラ機でもグライダーでも同様ですが、滑空速度ではちゃんとバランスして飛ぶ飛行機が高速時には頭を上げ、極端な場合は宙返りをするのはなぜでしょうか?プロペラ機ではプロペラのスラスト(推力の向き)と後流の影響が入ってややこしいので、議論を一先ずグライダーに限定します。
話の前提として縦の自立安定について確認しておきます。滑空調整の済んだ自立安定のある機体は何かのせいで機首を下げた場合は必ず機首上げのモーメントが(、また何かのせいで機首を上げた場合は必ず機首下げのモーメントが)発生します。この機首上げ(或いは機首下げ)のモーメントの大きさは自立安定の大きさに比例します。(自立安定の大小の物指しは静安定余裕と言われるもので、これは重心と中立点の位置関係により決まりますが、それは別項で。)。滑空性能はともかくとしてまともに滑空するグライダーは自立安定と考えて差し支えありません。
高速時に主翼と尾翼の揚力は同時に増加し、前後のバランスを保ちながら上昇します。
例えば図1の左側黒矢印の通り5m/秒の水平飛行時に主翼に4g重の揚力、尾翼に1g重の揚力を発生して、機体重量5g重と丁度バランスする様に調整済みのグライダーを2倍の速度:10m秒で水平に発射した場合を考えてみます。一般に揚力は速度の2乗に比例しますから速度が2倍になれば揚力は4倍ですから図1右側の茶色矢印の通り主翼の揚力は16g重、尾翼の揚力は4g重でその合力は重心位置に20g重ですから回転モーメントは発生せず縦の安定は保たれたままです。この段階では頭上げの原因はまだ発生していないわけです。しかし機体に働く揚力と重力のバランスは大きく崩れ、16+4−5=15g重の過剰揚力で機体は当初の姿勢(ピッチ角)を保ったまま垂直上方に引き上げられます。
この様子を図2に示します。これは3Gの加速度に相当しますから微小な時間例えば0.01秒の経過を考えると機体が10*0.01=0.1m進む間に0.5*3*G*0.01^2=0.00147m上昇する計算です。ArcTan(0.00147/0.1)=0.84219度
つまり約0.8度斜め上方に移動します(図で角度は誇張されていますが)翼に加わる気流の方向は移動の方向と逆ですから主翼・尾翼に斜め上方からの空気流が加わります。これにより両翼の迎角が減少して自律安定の機体なら必ず(図3の滑空時などの頭下げの時と同様に)姿勢を回復するためのモーメント、つまり頭上げのモーメントが発生します。









頭上げモーメントが発生すると機体は頭上げを始めます。頭上げの強さは角加速度で表され頭上げの角加速度=頭上げモーメント/機体の慣性モーメントの関係があります。これは直進運動における加速度=力/質量の関係と相似です。
次の0.01秒の運動とその直後の姿勢を考えて見ましょう。前進速度は僅かに低下しています(その原因は空気抵抗と高度獲得です)が近似的に前進距離は0.1m、上昇距離は0.00147mで差し支えありません。頭上げの角加速度(ちゃんと計算する必要がありますが)仮に90度/秒^2とすれば0.01秒間の頭上げの角度は0.5*90*0.01**2=0.0045度です。つまり最初の0.01秒と殆ど同じ動きですが僅かに0.0045度頭を上げています。
この様に機体は上昇を続けながら徐々に頭を上げて行きます。そこには縦安定大→頭上げモーメント大→頭上げ加速度大→頭上げ大の関係があります。
速度が滑空速度を超えている限り過剰揚力は発生するので頭上げは継続します。
縦安定が大きい機体ほど頭上げの程度が大きいので頭上げ失速や宙返りの危険が大きくなります。縦安定の程度が適切な場合、頭上げは緩慢で危険な姿勢になる前に定常滑空速度になってくれるのでしょう。

縦安定の大小と頭上げの程度の関係は重心位置33%前後のカタパルトグライダーやライトプレーンで確認済みです。この重心位置は通常のキャンバー翼の滑空状態の風圧中心とほぼ一致するため、水平尾翼には揚力が発生しません。従って水平尾翼のサイズを変更して縦の安定度を変更して高速時の頭上げの程度を確認するのか容易です。重心位置33%のカタパルトグライダーで説明しましたが、水平尾翼のサイズを減らして縦の安定度を減ずるほど高速時に宙返り傾向が減じてより高度を獲得するのが確認できています。

今までの説明の大前提は揚力の発生でした。揚力が発生していないときは話が違ってきます。

この問題にがらみで実機のパイロットに「エンジンの出力を上げたとき(つまり先進速度を上げたとき)、飛行機の動きはどうなるか?」質問したことがあります。回答は機首は上げずに上昇に転ずるとのことでした。機首を上げないのは速度上昇がわずかで、縦安定を崩すほどではないからでしょう。
答えてくれ人は2006年4月現在80歳の自家用機の現役パイロット二宮康明さんです。


(2023年2月現在、二宮さんは96歳自宅療養中ですが昨年秋武蔵野中央公園で開催された二宮杯紙飛行機大会には車椅子で参加しています。)

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