コラム・会員の声

犯罪被害に遭うということ

今田たま(強盗殺人事件・被害者遺族)

今から11年と半年前の夏。私の父親は強盗殺人の被害にあい、殺されました。
ちょうど、1ヶ月前に65歳の誕生日を迎えた所でした。

・・・

その時、定年だからと退職させてあげられなかった事を、私は今も後悔している。

パチンコ店の雇われ店長をしていた父。閉店後、最後に店内をチェックし、一人で事務所にセキュリティを掛けて出るのが父の仕事だった。
犯人は、事務所にあるお金を狙って、事務所を出る父を狙って襲ったのだ。
約半年後に捕まった犯人は、元お店の従業員だった。
最初からお金が目当てで、父を殺害して奪う計画だったと後に証言した。

あの日から、私の人生は一転した。
それまで割と幸せな人生だと自分で思っていた。
幼い頃、親の離婚などで経済的に苦しかったり、早くに母が病死した事など、人から見たら少しカワイソウなのかもしれなかったが、私には母と再婚してくれた優しく頼れる父がついてくれていたし、結婚した姉が生んだ可愛い姪っ子達と毎週のように遊んだり、やりがいのある好きな仕事に携われている事も、幸せだった。
ゆくゆくは私も姉のような幸せな家庭を築き、父の老後の面倒を見ながら日々、平穏な人生を暮らして行くのだなと思っていた。

だがその順風満帆なはずの人生設計は、ひとつの犯罪でぐちゃぐちゃに踏みにじられた。


あの日、父の死を告げられた時から始まった私の絶望。
その時、私は2つの確信を心に抱いた。
1つは、もう私の人生には二度と楽しいと思う出来事も、心から笑える日も訪れないのだという事。
そしてもう1つは、もう私は父が死ぬ前の、元の自分には戻れないのだろうという事。

それからうつ病を患い、会社を解雇され、社会復帰もままならない絶望の日々が数年続いた。
この頃の私は、ただうずくまって膝を抱えて、殻に閉じこもって居たかった。
犯罪被害にあう、遺族になるという事は、それまでの価値観を一変させ、人をどん底に追いやる。

その一方で、当時から付き合いがあった、現在の同居人・くらこに依存し、縋る日々が続いた。
毎日のように電話し、弱い心を吐き出した。辛い気持ちを吐露した。
今思うと、こうやって心の内をさらけ出す相手がいてくれた事は、どんなに私を救ってくれただろう。
今でも感謝しかない。

そして事件から3年、くらこと同居が始まったあたりから、私の心はある種の「再生」を始めた。
父の事を、事件の事を、忘れる事はもちろんない。
どんなに日々が過ぎても、いつまでもあの日の、父を亡くした喪失感は埋める事はできないし、今でも穴の空いた心は変わらない。でも「それでいいんだ」と思えるようになった自分がいる。

そして、二度と楽しい事なんてないと思っていた私は、今、色々な事を楽しめるようになった。
元々好きだった漫画を読むのが楽しい。今では仕事になった、漫画やイラストを描くのも楽しい。
テレビを見て笑う事も出来るし、くらことの毎日の何げないくだらないやり取りは冗談に満ちている。
同居人の犬や猫の仕草は愛おしい。
二度と感じる事はないだろうと思っていた、人間らしい感情は、流れる時間の中で、ゆっくりゆっくりと戻ってきた。

一方でもう一つ確信していた事がある。
私はもう、11年前の、父が生きていた頃の自分に戻る事は出来ない。
それがこれからの私の人生でやはり変わる事のない、現実なのだなという事も、11年の歳月が立証した。 あの頃のように、ただ自分の幸せを思い描いて、楽しく毎日を生きていた私にはもう戻れない。
悲惨なニュースを見れば、父の事を思い出し、犯罪に心から怒りや悔しさが湧くし、辛さがこみ上げる。

もし、この11年間、犯罪被害者遺族として生きた事に、何か意味を見出すとしたら

  「昔に戻れない事」

それが、意味なのかもしれないと最近思うようになった。
犯罪被害者やその遺族、関係者に対する支援の在り方など、こういう立場の人間になったからこそ、思う事・言いたい事がある。伝えたい事がある。

犯罪被害者はもっと声を上げて、世の中に犯罪に対する思いを、ぶつけていいのではないかというのが私の考えだ。
もちろん事件にあった直後などに無理をする必要はない。時間が必要な人には支援が必要な場合もある。
Poenaの活動に参加させてもらうようになって、私は多くの事を学んだし、同じ思いで活動している方たちのいる心強さをもらった。
そしてこれから、もっと多くの人の意見や考えを聞いてみたいと思っている。

父を失った傷は癒える事のない私の一部だ。そんな心を抱えた人や、そういう人間に寄り添おうと考えてくれている人がいるのなら、その輪が広がっていけばいいと思っている。そしていつか、「犯罪被害」という悲しい事件が、この世からなくなる日が来れば、私たちが今、精一杯の思いを伝える意味は未来に繋がるのだと信じたい。

今田たま(強盗殺人事件被害者遺族・漫画家)

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