コラム・会員の声

あの時、ドライブレコーダーがあったなら・・
―交通事故の厳罰化が進んだ平成に思う―

でぐち(東京都 会員)

 平成天皇退位にあたり、この数か月、平成を総括するTV番組が朝から夜まで溢れ、昭和生まれは30年間の記憶を新たにし、平成生まれは30年間の変化を改めて思い知らされる機会となった。そして5月1日、まさにお祭り騒ぎの中で平成は終わり、新たな「令和」を迎えたのである。
目次
父の交通事故死
 私の父が仕事で訪れた練馬区役所の前で、トラックに接触し頭を強く打ち命を落としたのは、昭和天皇が崩御する前年、昭和63年の6月3日、雨の降る日だった。

 職場からいち早く駆けつけた私の目の前には、ただベッドに横たわり、二度と目を開けてくれない父の姿だった。遅れて到着した母が倒れこんで泣き崩れた姿を、今も忘れることができない。日常の幸福というものがなんと脆く儚いものであるか、「夢」「希望」という言葉が、目の前から遠く離れていくのを思い知らされた一瞬だった。

 悲しみの中でも、世間知らずの私は「トラックの運転手はきっと交通刑務所に入って罪を償うのだ」と信じて母と警察を訪れたが、「雨の中、目撃者もいないので…」という同情したような警察官の説明に言葉を失ってしまった。
 当然のことながら父の労災は認められたが、結局その後も運転手とその運送会社の刑事責任を問えることなく、運転手は半年後に運送業務に復帰したことを知った。交通事故による人間の死とはかように軽いものなのか?人間の命は運転免許証ほどの価値もないのか?父は被害者ではないのか?なぜ父は死ななければならなかったのか?その答えを出せる方法を、30年前には何も見つけることができなかったのである。

交通事故減少の背景
 平成元年以降の交通事故発生状況の推移(平成30年警察白書統計参照)は、平成16年の952,720件の発生件数をピークに、平成29年度は472,165件と半減し、死者数は平成4年の11,452人をピークに、平成29年度では3,694人と3分の1以下までに減少している。
 殺人認知事件は平成のピークだった平成15年の1452件に対し平成29年度では920件(36%減)、自殺者数においては、平成15年34,427人に対し、平成29年度は21,321人(38%減)の推移から見ても、交通事故死者は激減しているといってよいだろう。
 その背景として以下の点が考えられる。

@少子化、人口減少に伴う運転免許取得者数の減少傾向

(警察庁運転免許統計参照)


A自動車の安全性向上

(エアバックの普及、自動ブレーキシステムの進化等)


B平成13年(2001年)以降、度々の「道路交通法改正」「刑法改正」による厳罰化

警察庁HP一般財団法人 全日本交通安全協会HP 参照)


 とくにBの法改正は政治の決断で可能となることであり、犯罪被害者遺族として「刑法改正」を求めてきたポエナだからこそ、その努力と結果を評価するものである。
厳罰化の流れ
 道路交通法が制定されたのは、自動車など庶民には全く手の届かない昭和35年(1960年)、今から60年近く前であり、当時は飲酒運転に罰則すら無い時代であった。その後平成12年(2000年)まで、自動車による死傷事故の処罰には業務上過失致死罪(5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金)が適用されていた。
 しかし平成11年の「東名高速飲酒運転事故」、平成12年「小池大橋飲酒運転事故」など、飲酒や無免許等の無謀運転による、小さな子供や将来ある大学生や若者が死亡するという重大事故が次々と発生し、その加害者への刑事処分が軽すぎることが大きな社会問題として取り上げられることになった。
 それまでの経済発展最優先、豊かさの象徴である車社会の拡大という夢を追うあまり、交通事故は「必要悪」として人々は見て見ぬふりをし続けてきた。しかし突然のバブル崩壊により日本は長い不況を経験し、多くの人々が「豊かさ」から取り残されていく中で、甘い社会が生み出した悪質な運転手への怒り、その社会の犠牲となって命を失う被害者への同情が広がり、次第に世論は交通事故の厳罰化の流れを後押ししていったのである。

街頭防犯カメラの急拡大、ドライブレコーダーの登場
 近年交通事故の捜査と抑止に大きく貢献しているのが、街頭防犯カメラの急激な拡大と、ドライブレコーダーの登場である。

 現在私たちは、商店街はもちろん駅、オフィスビル、マンション、コンビニ、住宅街等々、あらゆる場所で防犯カメラがあることに気づく。かつて「個人のプライバシーの侵害」「監視社会化」への警戒から反対派が多く、テロ対策が切実な欧米に比べ導入に慎重であったが、平成14年(2002年)警視庁が歌舞伎町に50台の防犯カメラを設置したことを皮切りに、東京都はもちろん全国に拡大していく。
平成30年中には、警視庁本部において録画した715件の映像データのうち、421件が検挙・立件・解決等に活用されたという報告の中で、様々な刑法犯罪の活用とともに、過失運転致死傷事件への活用事例も含まれている。今現在、全国の街頭防犯カメラの実数は警察庁でも把握できないほど設置されており、今後も24時間眠らず眼を光らせて、悪質運転の証拠保全、運転手の検挙等へ貢献し、ますます交通事故抑止に寄与するはずである。
(警視庁HP 街頭防犯カメラシステム

 ドライブレコーダーの販売台数が急増した背景には、2017年6月東名高速道路でおきた「煽り運転」による死亡事故の捜査において、周囲を走行していた車に搭載された260台以上のドライブレコーダーの映像からその事実が発覚し、10月にはついに容疑者が逮捕されるに至ったことがあげられる。
 この事件において容疑者の常軌を逸する危険な行為とともに、ドライブレコーダーの有効性が連日詳細に報道され、多くのドライバーがその魅力に注目し購入を検討し始めたのである。
 平成の最後に起きた池袋高齢ドライバー暴走事故は、「超高齢化社会」の日本を暗示する悲惨な事件として記憶に新しいが、この時も街頭カメラに残る映像、ドライブレコーダーに残る声が決定的な証拠のひとつとして活用されることだろう。こうしたことを教訓に、「令和」を迎えたすべての年代の人々が、悲惨な交通事故を回避できるよう努力しなければならない。

 31年前、あの時信号の傍に街頭カメラがあったなら、あのときトラックにドライブレコーダーが搭載されていたら、私は事故の真実に近づけたのだろうか?父の最後の思いを知ることができたのだろうか? 父に対する後悔と無念に苦しみつつ「平成の30年」は消え去って行った・・・。

令和元年5月7日 でぐち(東京都 会員)



 
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