飛行機は向い風で上昇する?(08-01-03, 08-02-12)

本項は第13回スカイスポーツシンポジウム発表論文の一部を補充・整理したものです。

「機体が風上を向いてすっと上昇した。」あるいは「風下を向いて高度を失った。」の類の言葉をよく聞きますが、この種の誤解・錯覚・迷信の解消を試みます。
1.乱れのない風の飛行への影響
風の中での飛行の様子を理解するために 巨大タンカーの空の原油タンクで模型飛行機を飛ばす状況を考えて見ます。タンカーは秒速4メートルで右から左に航行しており、タンクの大きさは各辺40メートルの立方体とします。このなかで、模型飛行機が床面の点Aから上昇角63度で定速直線上昇して40メートルの天井の点Bに20秒で到達した様子を示しています。タンクの中の人がこの飛行を見ていると地上で無風の時の飛行と全く同じに見えます。
このタンカーは岸の近くを航行しているとして、飛行の様子を岸から透視したらどう見えるでしょうか?秒速4メートルのタンカーは20秒で80メートル移動しますから、タンクの天井の点Bは点Cに移動します。したがって、岸から見ていると模型飛行機は点Aから点Cに直線飛行します。(このときの上昇角は24度、タンク内で観測した63度の半分以下の角度です。)


風は空気のかたまりの移動ですから、タンカーの原油タンクに入っている空気の移動も狭い地域の風と考えてよい訳です。したがって風速4メートルの地上での飛行経路もAからCになります。このタンクの中の飛行である限り飛行機が右向き(風上)に飛ぼうが左向き(風下)に飛ぼうが飛び方に差がある筈がありません。

2.風速の変動の影響
ではこのタンク内空気のかたまりの移動と実際の風との違いはなんでしょう?船内飛行と地上飛行の唯一の違い風速の変動・気流の乱れの有無です。

左向き(追い風)飛行 右向き(向い風)飛行
風速変化 対気速度 対地速度 機速変化 対気速度 対地速度 機速変化
2 3 9 -2@ 7 1 +2B
0 5 9 0 5 1 0
-2 7 9 +2A 3 1 -2C

風速の変化の飛行への影響を考えて見ます。風速は左から右へ秒速4メートル。その中を模型飛行機が一定の対気速度毎秒5メートルで旋回飛行しているとします。風速が変動せず一定の場合でも飛行機の対地速度は左向きの(風下に向かう)場合は毎秒5+4=9メートル、右向きの(風上に向かう)場合は毎秒5-4=1メートルと大きく違うことに注意してください。風速が急変した場合、慣性の法則により、機体の対地速度は瞬間的には不変です。その様子・影響は表の通りです:追い風で風速増の場合@と向かい風で風速減の場合Cは同様に対気速度が減少します。A、Bでも対気速度増で同様の対応があります。対気速度が増加すれば機体は上昇、対気速度が減少すれば機体は降下しますが、風速増と風速減は同じ頻度で発生するので結局、平均すれば風速の変化の飛行への影響は風向きには無関係になります。

3.初速の影響
無風で飛行機を発進させた場合と風の中で発進させた場合の飛行は確かに違います(当初の対気速度が違うため)。それは初速の影響です。無風時の初速を調整すれば風の中の発進と同じ飛行パターンが実現できます。例えば無風時に毎秒4メートルで走りながら発進させれば、風速4メートルでの発進と同じ飛行(対気速度について)が実現できます。その逆を行えば風速4メートルのとき無風時と同じ対気速度の実現も可能です。
4.錯覚
次に誤解・迷信の発生の原因について考えて見ます。
第1は風の中での発進への風の影響ですが、その他にも下記ア、イが考えられます。
ア.
先ほどの風速4メートルで対気速度5メートルの旋回飛行の例で対気速度が2メートル増の場合1秒あたり1メートル上昇する機体を考えます。表でAもBも1秒あたり1メートルの上昇ですが、追い風のAでは6.3度の緩上昇、向い風のBでは45度の急上昇に見えます。向い風で上昇するという錯覚の一因でしょう。風上に向いた機体は激しく上下しても風下に向きを変えると割りとスムーズに滑空する理由はこれです。(08-02-12追記)

イ.
下図で機体は風下150メートル、高度40メートルの位置を中心に直径40メートルの円を描いて旋回しているとします。この場合遠端と近端では約4度の視差があり、機体が近づいてくるときは上昇、遠ざかるときは下降の錯覚が生じます。この4度の視差は130メートル先では約10メートルの高度差に相当します。通常手元から発進した機体は風下に向かうため、「機体が近づく、つまり風上に向かうと上昇する印象になり誤解をあたえることになります



5.グライダーパイロットの証言
実機グライダーパイロットからも裏付け証言を得ています:
「グライダーの飛び方は風向きとは一切関係ない。地上を見なければ風がどちら向きかわからない。対気速度が増加すればグライダーは上昇し、その逆では下降するが風向きとは無関係。」

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