ハレクラニ滞在記

(1996年12月)


7.ロイヤルハワイアン

ある昼下がり、ハレクラニのプールに妻子とジジババを残し、ひとりでビーチを歩いて、ロイヤルハワイアンに行った。目指すはプールサイド・カフェ、そこで働いているはずのMr.ART。

 1993年夏(3年半前)

ハワイ原住民系かアジア系か、とにかく白人ではなくて、ひとなつっこい顔をした、褐色の肌の30前後(に見える)の男、それがART。いつもロイヤルハワイアンのプールサイド・カフェのカウンターの中にいて、飲物を作ったり、裏のキッチンから料理を受け取って客に出したりしている。

わが家は、1回目(1993年7月)で、ロイヤルハワイアンのプールにハマった。パラソルの下で寝ていると、やや乾いたそよ風が、この上なく快適だった。借りていたレンタカーはあまり使わず、朝から夕方までほとんど毎日プールにいた。私とカミさんで、交代で子供と遊び、昼寝していた。飲物を1日3〜4回、そして昼食も、プールサイド・カフェにオーダーしていた。

その時の1日目、私の注文にARTは「アイスド・コーヒーはない」と言った。「アイスド・カプチーノならある」とのこと。「それはおいしいのか」と聞くと「分からない」と言う。ものは試しと飲んでみたら、なかなかの味。カフェイン中毒の私は、この日に3本飲んだ。2日目も3本飲んだ。カミさんはアイスティー一本勝負だった。そして3日目には、「何か飲物を・・・」と言うだけで、アイスド・カプチーノとアイスド・ティーが出てくるようになった。ついでに、私の名前と部屋の番号を覚えてくれたので、私が自分でレシートに記入するのはサインだけになった。

せっかくオーダーが手軽になったのに、4日目には、アイスド・カプチーノは品切れになってしまった。「全部おまえが飲んだ」とART。「もっと飲みたい」と私。5日目はレンタカーで外出して、6日目は、またアイスド・カプチーノが入荷していた。「おれが自分で買ってきた」とART。この日は感謝の意を込めて、1日4本飲んだ。7日目の夕方、プールから引き上げるとき、「明日、帰る」と伝えたら、ARTは少し寂しそうな顔をして、「シー・ユー・アゲイン」。

 1994年冬(2年前)

「また、あの快適なプールサイドで、たくさんお昼寝したい」と思って、その1年半後、2回目のワイキキも、宿はまたロイヤルハワイアン。プールサイドカフェに行って「アイスド・カプチーノ&アイスド・ティー、ルームナンバー1107、ドゥ・ユー・リメンバー・ミー?」と言うと、「オフコース、ミスターNORITAKE」とARTが答えたのでびっくり。「なぜ覚えているんだ?」と聞いたら、「あんたは毎日プールにきたから覚えてる。今回はいつまでだ?」。「今度も1週間」と言うと「短いねえ」。「私の好きな飲物は、あるか?」と聞くと、「ソーリー、ない。けれど、メニューに載っていないアイスド・コーヒーを作れる」。

ARTが作ったアイスド・コーヒーは、ひどい味だった。ホットのコーヒーをそのまま氷の中に注いだような、麦茶に近いような薄ぼけた味で、とうてい飲めた代物ではない。しかし、「なかなか美味しい」と行ってしまった手前、毎日1杯づつはこのアイスド・コーヒーもどきを飲んだ。慣れればなんとかなるかな、とも思ったが、何回飲んでも最後までまずかった。そのため、1日2回くらい、部屋の冷蔵庫から缶コーヒーを持ってきて、ARTに見られないようにこっそりと飲んでいた。

日本に帰って写真を現像したら、ARTは、いつものようににこやかに笑って、きれいに撮れていた。そこで、ちょっと大きく引き伸ばして、送ってあげた。しばらくすると、ARTからクリスマスカードが届いた。「写真をありがとう」、そして小さく「シー・ユー・アゲイン」。

 今回

プールサイド・カフェに着いた。カウンターの中にARTがいる。昼の食事時も終わって、今なら暇そうだ。後ろを向いて、キッチンのスタッフと何かバカ話でもしている。静かに近づき、その背中に「アイスド・カプチーノをくれ」と声をかけた。

こちらを向いて、うつむき気味に「すみません、ありません」とART。「アイスド・コーヒーならあります」。「おれを覚えているか、Mr.ART」と言うと、一瞬考えて、ぱっと笑顔になって、「ミスターNORITAKE!」。「会えてうれしいぜ」と私は手を差し出した。彼と、はじめて握手をした。

2年ぶりの再会だ。2年前に彼が言ってた「カミさんが電卓を欲しがっている」を私は覚えていて、だから手には100円で買ったソーラー電卓があった。そしたら彼は、チョコレートのかかったドーナッツをひとつくれた。プールサイドカフェのメニューにドーナッツはないので、自分用のおやつだろう。

「今回はいつまで?」、「明日まで」。「えー、なんで今日までプールに来なかったの?」、「今回のホテルはハレクラニなんだ」。「なぜ?」、「このホテルが一杯だったから」(とっさの大ウソ)。「次の休みは今度の月曜日だから、その日なら、ドライブに行けるのに」、「とっても残念だ」。

ちょっと話をしていたら、お客さんが次々とやってきた。ARTはなかなか手が空かない。テーブルでドーナッツをかじりながら、私はプールを眺めていた。2年前よりも、パラソルのピンクが少し色あせている。プールからサーフルームへ直接行ける入口(ほとんど使う人はいなかった)がふさがれている。しかしそれ以外は変わりなし。チェアやテーブルの数や配置も、前と同じ。プールサービスの係員も、たぶん同じ。相変わらず日本人が少ない。

「あんたの奥さんに」と、ARTが、ロイヤルハワイアンのロゴ入りのピンク色の大きな保冷カップ・ストロー付を持ってきた。試しに飲んでみると、中身はコーラだった。

店内には、料理の出来上りを待っている客がまだ3人、4人。「どうもありがとう、じゃあ、自分のホテルに戻るよ」。「次回は、ドライブに行こうぜ」。握手をして、ARTの最後の言葉はやっぱり、「シー・ユー・アゲイン」。

 そしてこれから

ハレクラニへの帰り道、コーラを飲みながら思った。ARTに会えて良かった。単に電卓を渡そうと思っただけなのに、顔を見たら何だかうれしかった。遠い旅先に知り合いができるというのは、悪くない。やつはとても元気そうだし、きっと当分はあそこで働いているだろう。次回は、プール自体は総合的にはハレクラニの方がやや上だけど、やっぱり、ARTがいるロイヤルハワイアンにしようかな。

次の項目 −−− 8.全体的な印象

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