万恒河沙 巫女と似非探偵と怪人のいる処-和風ファンタジーと不条理小説


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ひとくいのかがみ/しんちゅうあそび

青髭の塔、もしくは習作

青髭の塔で、お待ちしています、貴方。
私は、青髭の幼妻。
お待ちしてます、貴方。ここは、世界の果てにある絶望的に高い塔。私は、悪辣非道な青髭によって無理やり塔に閉じ込められています。口さがない人々が言う行方不明の前妻たちの噂と、青髭の恐ろしい容姿が、私を恐怖にのどん底に陥れさせます。いかにして、こんな男に輿入れしなければならなかったかと言うと、それだけでこのお話が終わってしまうので、ばっさりと割愛させて戴きます。お待ちしています、貴方。麗しき、私の王子様。颯爽と白馬に乗って現れ、囚われの私を救ってくれる日を。
あの日、あの時、街角で初めて目を交わした時、貴方の目は私への愛と歓喜を語り、無言で私を青髭の手から救ってくれると約束してくれましたね。私が小洒落た手鞄から落とした、ポッキーの箱を優しく拾ってくれた貴方。そのとき貴方が私を愛していること、そして私が貴方を愛していることがすぐに解りました。秘すれば花とは言うけれど、あのまま私を腕づくでも攫ってくれたら良かったのにといまでも思います。
でも私は信じています、貴方が私をこの塔から救い出してくれることを。白馬に乗って青髭の手から私を奪いにきてくれる事を。そして、私たちは物語の最後のように、いつまでも、いつまでも幸せに暮らすのです。
貴方が来てくれると考えるだけで、天使がファンファーレを鳴らします。いつかの日のために、いつでも貴方と暮らす用意はできてます。

私は、平凡を絵に描いたような男である。自慢することではないが、他人より秀でたところは皆無と言って良い。私は容姿にしても何をするにしても、全て平均程度なのである。その私が最近、何かがおかしいと感じる。毎日、誰かに後をつけられているような気がする。
ある時は、出勤時に。ある時は、昼食時に。ある時は、黄昏時に。誰かに舐めるかのように、執拗に見られていることを感じる。しかし、振り向いてもそこには誰もいず、どこの誰がそんな事をしているのか一向に解らないのである。
だいたい、誰が何故、どうして、至極平凡を絵に描いたような私なんかの後をつけるのか、謎である。

お待ちしてます、貴方。
貴方がここにこられたら、すぐに私が分かるように、貴方のおうちに盗聴器と隠しカメラを用意しました。貴方のおうちは、あの日貴方が連れて行ってくれましたね。どきどきして、まともに話せない私は、貴方の五メートル後を、貴方にも見えない位、小さくなってこっそりとついていくのが精一杯でした。
近所の方から、貴方が最近奥様に逃げられた事など貴方の事をお聞きしました。貴方は私を愛してたから、奥様が逃げられたのですね。私と貴方の間の愛には何人たりとも入れないのです。この運命の日のために、奥様は貴方のもとから逃げてくれたのですね。ああ、何たる美しい話。私はうっとりとしてしまいます。そういえば、明日は燃えるゴミの日です。青髭が食べ残した腐ったお肉を捨てに参りましょう。

私は、平凡を絵に描いたような男である。私の愛する妻が突然失踪した。いつもの朝と同じように、「いってらっしゃい」と手を振りながら優しく声を掛けてくれた妻。平凡だらけの私には勿体ないような美しく優しい妻だった。夜に帰宅すると、妻の姿形が見えなかった。私には、妻がいなくなってしまうような心当たりはない。妻は出て行く時には何も持たず、両親や友人や知り合いの所にすらいない。まるで、煙のようにこの世からいなくなってしまったかのようである。いったい、どこへ行ってしまったのだろうか。私には、全く皆目がつかなない。困ったものである。

お待ちしています、貴方。
私は毎日受信機で貴方のお顔を拝見しています。受信機から流れる貴方の声を聞くたびに私の胸は、どきどきとトランペットのファンファーレのように高鳴ります。カメラ越しに見える貴方の目はとても優しくて、毎日無言で私への愛を囁いて私を勇気付け、慰めてくれましたね。

私は、平凡を絵に描いたような男である。私は思い余って、友人の知り合いの警察官である神田川と言う人物に相談をした。
神田川は、私の話を聞くと本当に不本意そうに、私にある『少女探偵』を紹介してくれた。私は、神田川の書いた地図を頼りに『異人館』と言う名前のビルアパートに訪れて、『少女探偵』に今までの経緯を説明した。『少女探偵』は、私の話を笑いもせずにじっくりと聞いてくれた。

お待ちしてます、貴方。いつになったら、ここに来て下さるのですか。いつになったら、私の耳元で愛を歌い、憎き青髭を殺してくれるのですか。早く来てください。早く、私を青髭から奪うのです。ああ、お待ちしてます、貴方。今度こそ、私を裏切らずに、ここに私を向かえに来てください。
何故、あなたのおうちには、私ではない別の少女がいるのですか。私と言う、愛する人がいるのに。何故、少女は貴方のおうちを自分の家のように振舞うのですか。
そして何故、貴方は少女を追い出してくれないのですか。

私は、平凡を絵に描いたような男である。『少女探偵』は私をどこか別の所に住むようにと言い、私の代わりに『少女探偵』の執事と私の部屋に住み始めた。大家には何も言わずに、勝手に『少女探偵』たちを住まわせてしまったが、大丈夫だろうか。その『少女探偵』によると、私が今住んでいる部屋では、今までに何人もの若い男性や若い男性の妻や彼女が行方不明になっていると言っていた。しかし、私はそんな話は全く知らない。アパートの最上階に住んでいるポッキー好きの大家もそんな話は言っていなかった。『少女探偵』はいったいどこでその話を聞いたのだろう。

お待ちしてます、貴方。今は解っています、あの少女は極悪非道な青髭を油断させるための隠れ蓑なのですね。今日も青髭は、この塔の扉を開けるように要求します。でも、私はいつかやってくるはずの貴方のために清い身体を守っています。
お待ちしています、貴方。何故、貴方は街角で私でない少女と笑っているのですか。
お待ちしてます、貴方。今日、盗聴器と隠しカメラを増やしました。もっと、貴方のことが解るように。貴方の全てが分かるように。お待ちしてます、貴方。しかし、いつまで経っても貴方は来てはくれません。今日、寝室につけた盗聴器とカメラを壊しました。誰か私と貴方のことを妬んで、悪い電波を送っているに違いません。
お待ちしてます、貴方。お待ちしてます、貴方。お待ちしてます、貴方。お待ちしてます、貴方。お待ちしてます、貴方。貴方が来ないので、待ちきれなくて、私は青髭を縊ってしまいました。これも貴方への愛ゆえです。お待ちしてます、貴方。お待ちしてます、貴方。今日は貴方のおうちに来ています。あまりに、助けに来てもらえないので来てみました。特別に作った合鍵で、おうちに入りました。人気のないがらんとしたおうちでした。私は貴方をお待ちするために、寝台の上で丸くなりました。貴方を殺すために。私も一緒に死にましょう。あの世で、幸せに暮らすのです。どうやら、悪魔の魔手から、貴方を救うのが私の役目みたいです。もうすぐ、貴方は帰ってくるに違いません。ああ、扉が開く音がします。もうすぐ、ここにくるのでしょう。そして、寝室の扉が開きます。お帰りなさい、貴方。

私は、平凡を絵に描いたような男である。私がいない間に、大家がどこかにいなくなってしまったそうである。大家のいなくなった部屋には、肉の入った大きな冷蔵庫と机に放置された姫カットの鬘、箪笥に沢山のロリータ服、そして首に縄が巻かれた青い髭を持つ大きな人形が床に転がっていたそうである。そんなことよりも、私の妻は一体全体どこに行ってしまったのだろう。『少女探偵』に聞いても、首を振るだけで何も教えてはくれなかった。何故、教えてくれないのだろう。仕方ないので、私は大家のいなくなった部屋で待つことにした。いつまでも。いつまでも。ここは、青髭の塔。お待ちしています、貴方。

ストーカー話。書いてる分には、楽しいですが、本当にいたら大変そうです。(笑)因みに、ツカノは血を見ると、卒倒する時もあるので、無理そうです。(笑)何かが違う・・・。
そもそも、別の本の別の流れで使用していましたが、一話だけ載せるにあたって少し趣向を変えてみました。どうも、童話の「森の三姉妹」とペローの「青髭」が記憶でシェイクされています。(手元に本がない・・・昔は持っていたんだが)因みに「森のおじいさん」はハッピーエンド(?)ものです。


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