万恒河沙巫女と似非探偵と怪人のいる処-和風ファンタジーと不条理小説


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ひとくいのかがみ/しんちゅうあそび

薔薇の葬列

1.或る男の手記
私は、現代の切り裂きジャックである。
(とくん。とくん。とくん)
とある迷路のような町に『葬儀屋のばー』と言う店がある。こんじまりとして、一人でも入りやすいなかなか感じの良いバーである。昼間には珈琲も出しているらしい。そして、『葬儀屋のばー』には新月の夜にだけ現れる符麗卿と喬生と名乗る人物達がいた。
二人の職業は占い師とその助手。私が店の常連から聞いた噂では、将麗卿の占いはとても良く当たると評判だった。符麗卿と喬生。私は初めこの名前を聞いた時、彼らどうしてこの名前を使っているのだろうかと思った。符麗卿と喬生。上田秋成の『吉備津の釜』と円朝の『牡丹燈龍』の原話になった中国の物語『牡丹燈記』の主人公たち。符麗卿と喬生。将麗卿は、男の精気を吸い取る女怪。喬生は、その獲物。最後には精気を吸われて死んだ喬生は魔物として蘇り、将麗卿とともに村人を襲い、その結果地獄で裁判を受けることになる……。では、この現代の荷麗卿と喬生は何者か。そして、何のためにここにいるのか。この問いに、誰も答えることはできないし、彼らも答えようとしないだろう。謎は謎のままにしておいた方が風情がある。正体見たりと枯れ尾花では悲しすぎる。夢幻は夢幻であるが故に美しいのだ。
付麗卿と喬生。
現代の付麗卿はたぶん十四才そこそこ、そして喬生は二十代後半〜三十代前半の優男だった。不思議なことに二人の関係は主従のようでも有り、兄妹のようでも有り、また愛人同士のようでも有り、そして親子のようにも思えた。二人は『葬儀屋のばー』の奥まった一室でいとけない幼女が遊びに夢中になっているように、占いに興じている。いとけない遊び。しかし、彼らがいつでもその部屋にいるとは限らない。いつもいないと言った方が正しい。新月の夜にだけ、闇を切り裂いたように現れるのである。どうやら、彼らは生活のためにというより趣味か何かで占いをしているらしい。さしたる目的がないままに続けられる占い。
悪意も善意もない予言。付麗卿は人形じみた動作で繰り広げる。彼女が使う占いの道具は、タロットカード。香が煉らしている室内に、付麗卿の白い手がカードを捲る動作はさしずめ一枚の絵のようだった。
符麗卿は驚くべき美少女だった。金襴緞子の半だら帯を締めた黒い振袖に、黒髪のおかっぱ頭に飾られた大きな薔薇の飾り。濡れたように光る、紅い唇にアーモンド形の吊り眼がちの大きい青緑色の眸。黒い袖から覗く透き通るように青白い肌。こっぽりを履いた小さな形のいい足。あれほど、凛々しく花のように可憐な美少女もいるまい。少なくとも、私はいままであんな少女に会ったことはない。私にとって、完璧な少年のような美少女だった。
そういえば、誰かが言っていた。
日本の文学史上で、少年のような美少女と言えば『源氏物語』の紫の上、その人であると。そう言われてみれば、確かにそうかもしれない。彼女が実際『女』を見せるのは女三の宮が現れてからである。厭でも醜い『女』にならなければならなかった紫の上の絶望は如何。彼女にそうなることを強いる原因を造ることで、結局は全てを失うことになる光源氏も自業自得だが哀れと言えば、哀れである。私は、そうなるまえに摘み取ってあげるのが良いのではないかと思う。薔薇は美しいさなかに摘み取ってしまうのが得策なのではないだろうか。
そう例えば、かのシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』について、二人はあそこで死んで正解だったと言う話かおるのと同じである。ジュリエットは恋をするとことによって成長する。しかし、ロミオは最後まで変わることがない。もし、あの二人が結婚したとしても、たぶんジュリエットはロミオに一生苦労させられ続けるだけだろう。だからこそ、あの場面で彼らが死ぬのは、美しい刻で終わるのは正しい。
少年のような美少女。
私は付麗卿を見た時、もしかしたら、この美少女は実は少年なのではないかとも疑った。むしろ、その方が良いと私は独りごちる。不完全なアンドロギュノス。倒錯美の世界。そう考えただけで、うっとりとした悦楽が私の躯を支配する。
少年のような美少女。
凌辱して何もかも、切り裂いてしまいたくなる。そう、私は彼女を目茶苦茶に切り裂きたいのである。彼女を一目見て、わたしはそんな幻惑に囚われた。あの金欄板子の中国風の衣装の下に息づいているに違いない白い肌を、白いお腹を。そして、彼女めハラワタをこころゆくまで弄ってみたいのだ。 私には符麗卿もこのことを望んでいるような気がした。符麗卿の眸が、私にこう囁きかけるのだ。『私を引き裂いて、そして猶って』と。私はひと目彼女を見て直ぐに解った。彼女も私をひと目見て、そうと解ったに違いない。私は選ばれた。彼女は自分を引き裂く人間を探す為に占い師をしていたのである。漸くめぐり合えた恋人同士。この時のために、私たちは生まれたのである。二人だけの儀式のためだけに存在をしている。
私は空想する。
昔どこかで見た、小野小町がその美しい肢体が腐敗させる様を描いた絵のように、麗しい彼女が腐乱する様を眺めることを。
私は空想する。
彼女のハラワタに手を入れ、その残り火を確かめる自分の姿を。少年のように薄い胸を切り裂き、ハラワタを弄びながらとくん、とくんと動く心臓の音が消えるまで耳を澄ますことを。
私は空想する。
私は聖なる儀式を行うために、付麗卿のために様々なものを集めた。腹を切り裂くためのナイフ。縛るための赤い紐。真紅の血のような薔薇。そして、サラサ上アのチゴイネルワイゼン。
全てが、付麗卿のためだけに集められた小道具。
そして、私はとうとう新月の夜に可愛い符麗卿を手に入れた。後ろ手に縛られた細い手。見開いた人形のような硝子の目。チゴイネルワイゼンが鳴っている。露になる白い滑らかな腹部。透き通りそうな白い肌。チゴイネルワイゼンが鳴っている。チゴイネルワイゼンが嗚っていた。
私は狩麗卿の腹部を切り裂く。切り裂く。音楽に合わせて、切り裂いた。沸き上がる性的衝動。躯中を支配する、暗い欲望。私は、浅ましくも悪魔が乗り移ったかのように行為に熱中した。
白い肌を切り裂くと腹からは、薔薇の花びらがはらはらと散るように、血が溢れ出た。血。血。血。血。血。真っ赤な血。薔薇の花が散る。赤い花が散る。散る。散る。散る。散る。散る。散る。散る。散る。散る。散る。散った

(とくん。とくん。とくん。と…くん…)

2.死神の話
私はある日、『葬儀屋のばー』で死神と名乗る人物に出会った。
(とくん。とくん。とくん)
注文した珈琲がまだ来ない。
私は、読みおえた大学ノートに書かれた手記をテーブルの上に置いた。奇妙な手記。書き手は不明。血のように赤いインクで書かれた手記は謎めいていた。心理学の話によると、サディズムの気がある人物が、本当に相手を殺してしまうことは殆どないそうだから、この手記が全くの作り物である可能性もないわけでははない。しかし、私は何故かこの手記は本物であるような気がした。
「それで、彼はどうなったんですか」
私は目の前で、淡々とした口調で話す人物を見つめた。死神のような三つ揃えの黒服を着た少年は、少女のような綺麗な顔を綻ばす。唇の片端を吊り上げるような笑み。初めて会った時も、こんな笑みを浮かべていた。初めて会った時、私がどう呼んだらよいのかと聞くと、少年は迷わず自分のことを死神と呼んでほしいと言ったことを私は思い出した。後で考えてみると確かに、少年は死神の化身だった。
「彼は死にました。手記の最後の日付の次の日、彼は自分の部屋で自分の腹をナイフで裂いて死んでいたのを発見されました。彼が符麗卿の腹だと思ったのは、実は彼の腹だったのです。彼は柴田勝家のように自分の臓に手を入れ死んでいたそうですよ」
死神は髪をかきあげた。額の中央で分けられた髪の間から、秀麗な白い額が丸見えになる。恐ろしい程、青白い肌。もしかしたら、氷のような体温しか感じられないのかもしれない。本当にこの人物は、この世に生きているのかと疑いたくなる。
「彼が死んだんですって」
確か、彼の手記の終末は付麗卿と言う美少女の腹を裂いて終わっていたではないか。私は意外だった。それに、彼が符麗卿の腹と自分の腹を間違えたと言うのは、いったいどういうことなのか。私は惑乱の直中に足を踏み入れてしまったかのようだった。
「それじゃあ、符麗卿は生きているのですか」
「もちろん、彼女は生きています」
死神はさも当然のように言って、テーブルの上に膝をつき顎を乗せた。妙にあどけない動作。その返事を聞いた時の私の顔は、とても面白いものだったのに違いない。
「そんなに意外ですか?荷麗卿が生きていては、いけませんか?彼は付麗卿を殺したつもりで、自分自身を殺したのです。彼の死に顔は法悦の笑みが浮かんでいて、見るものを困惑させたそうですよ。確かに彼が、死ぬときに法悦の極みに達していたことは、床に飛び散っていた彼の精液から解りました」
死神の口調は、病人に病状を告げる医者のように冷静で落ちついたものだった。愛くるしい顔をしているが、表情は妙に老成したものを感じさせる。
「彼は幸せだったのでしょうか」
私は尋ねてみる。そう尋ねることしか、私の頭には浮かばなかった。後で考えて見ると、ずいぷんと妙な質問をしたものである。
「さぁ」
死神は首を傾げた。唇には微かに笑みを浮かべている。 「荷麗卿が生きていると言うことは、彼は結局は本懐を遂げられなかったろ言うことでしょう。彼は、虚しくはありませんか?」
「そうでもないかもしれません。彼は荷麗卿の腹を裂いて臓に手を入れたと信じ込んで死んだのですから、本望ではありませんか」
確かにそうかもしれない。私たちにとっては幻でも、彼にとっては狩麗卿の腹を裂いたのは現実だったのだ。彼は書いていたではないか。謎は謎のままにしておいた方が風情がある。正体見たりと枯れ尾花では悲しすぎる。夢幻は夢幻であるが故に美しいのだ。それならば真実を知らずに死んだ彼は、それが幻だろうと現実なのだろうと構わないのかもしれない。
「何故、彼は自分の腹を狩麗卿という美少女の腹と間違えたのでしょうね」
現実を知っている者は、真実を知りたがる。自分自身のことではないから、簡単に尋ねることができるのだ。好奇心の虜となれる。しかし、答えるべき男はすでに死に、符麗卿という少女もここにはいない。
「何故だと思います」
死神は挑戦するように私に言った。その笑いを含んだ口調が私を刺激する。謎々の答えは何。この少年は、謎々の答えを知っているのだろうか。だとしたら、何故知っているのか。私は軽く眉を輩めた。
「答えがあるのですか、その謎々には。彼は死んでしまったのだから、答えは闇の中ではないのですか」
「本当のところ降霊会を開いて彼を呼び出したとしても、彼にだって真実は解らないでしょう」
死神はおかしくて堪らないと言うように、華奢な躯を震わせた。嘲笑。たぶん、死神はここにはいない彼のことを嘲笑っているに違いない。
「実は狩麗卿は実在しない人物ではないのですか。彼女は彼でも有り、狩麗卿でもあったと言う答えは、どうです?彼は自分の内に符麗卿と言う絶世の美少女を造り上げた。彼が男だったから、荷麗卿が少年のように思えたというくだりが出てくるのです。そして、彼は幻の少女の腹を切り裂いたのです、本当は自分の腹とは知らずに切り裂いたのでしょう。そうではないのですか」
私はむきになったかのように言い立てた。この時の私は何か何でも、現実に鎚りたかったのだろう。
「そうかもしれませんね」
気のない返事。死神は目を軽く伏せて、その細めた目で手記の表紙に視線を向けた。その態度に、私は些か撫然とする。私が思わず、ムッとした口調になってしまったのは仕方がないだろう。
「面白いと感じても、信じてはいないのでしょう」
「少なくとも、彼が幻の少女を切り裂いただけと言う答えは合っています。そう、彼は狩麗卿と言う少女から、甘美なる悪夢を与えられたのです。少女の腹と彼が思ったものは、自分の腹。少女の臓だと彼が信じたものは、自分の臓だったのです」
それでは、さて符麗卿と彼のどちらが、犯人で被害者なのだろう。どちらに罪があるのだろう。私には解らなくなった。もしかしたら彼は、狩麗卿と言う美少女の罠に嵌まっただけなのではないだろうか。甘美なる悪夢を見せる美少女。私はそう想像して、あまり厭ではない自分かいることに気がついた。やはり、符麗卿という名は、少女の本質を表したものなのだろうか。一瞬だけできれば、自分も甘美なる悪夢に抱かれて死に至りたいと思った。恐ろしい惑い。現実から非現実への移動。私は頭を振って、現実に止まった。惑いを消し去ろうと努力しないではいられなかった。
「ところで何故、貴方はそのことを知っているのですか?」
私は、そう聞かずにはいられなかった。理性は、聞かない方が良いと警告を発していたのにてある。好奇心は猫をも殺す。正に、その通りである。
「さて、何故でしょう。ボクは最近、思うのです。彼には最期に真実を教えるべきだったと。そうでなければ、罰にはなりませんでしょう」
そう言うと、死神は微笑を深くした。アルカイックスマイル、それを見ながら、わたしはふと目の前の美少年はもしかしたら少女なのかもしれないと思った。何故、私がそう思ったのかは自分でも解らない。所謂、カンと言うものだろうか。
そして、死神と名乗るこの人物こそ、手記の書き手が腹を切り裂き、ハラワタを弄びたかった符麗卿なのではと思った。しかし、そのことを確かめるために尋ねる勇気は私には残っていなかった。
注文していた、芳ばしい匂いがする珈琲が湯気を立ててやって来た。美味しそうな黒い液体。ただし問題は、私が珈琲を落ちついた気分で飲むことができるのだろうか、と言うことである。

さて、私が今いる現実は、本当に現実なのだろうか?どこから幻でどこが現実なのだろう?そして、本当に現実なんてものは存在しているのだろうか?そういえば、日頃からよく、金縛りに合う人に聞いた話だが、幻覚や幻聴だと解っていても実際にそれらを経験している自分の現実がどこへ行ってしまったのか解らず、金縛りになりながら思わず笑いたくなったと言っていた。そう考えながら、私は目眩のような、わけのわからない感情が胃から吐き気のように催してきたのを感じた。
そして、死神は罰は与えてないと言ったが、本当に罰を与えなかったのだろうかと私は考えた。目の前の人物は私の問いには静かに笑みを返すだけ、珈琲だけが冷えていった。

(とくん。とくん。とくん。と…くん…)
3或る男の述懐
私はとある現場に立ち会った警察官である。
(とくん。とくん。とくん)
あの現場ですか。それはもうまるで屠殺場のような有り様でしたよ。血と真紅の薔薇の乱舞。私も何年も、この仕事をしていましたが、この時はさすがに吐くかと思いました。実際に吐いていた人もかなりいましたよ。ああいうのは、さすがに慣れる慣れないの問題じゃないみたいです。その上、普通は一生に何度も見れる現場じゃなかったのも確かです。それに、あの顔。彼の浮かべていた表情が未だに忘れられません。至福と言うか、法悦と言うか。なにしろ、とても幸せそうな表情でした。そして、凄絶な表情でした。幸せの絶頂と、絶望の絶頂に同時に立ってしまったらあんな表情になるのかもしれませんね。それも、自分の腸に手を突っ込んで、そんな表情を浮かべているんですから。私なんか、夢の中にまで、その表情が出てきて閉口しました。ま、殺人鬼が選んだ最期としては、似合ったものではあると思います。
そうです、彼は殺人鬼だったんです。それも、かの有名な切り裂きジャックも顔負けの殺人鬼。貴方もご存じだと思いますが、最近、夜の街で少年少女の腹を切り裂いて殺す事件があったでしょう。その犯人が彼だったんですよ。彼の家の地下室には、放置された腐乱屍体が何体も転がっていましたよ。どうやら、彼は自分の価値観の中で、芸術的に殺せたと思った屍体を持ちかえっていたみたいです。
え、信じられない。普通は、サドが実際に殺しに手を染めることは少ないと言いますが、残念ながら、彼はサドとは言い切れないと思います。彼の場合は、美しいものは美しい時間で終わらせたいと考えた結果みたいですけどね。それが、良いか悪いかは別ですし。もしかすると彼は、死と言うものを賛美していたのかもしれません。また死、それも残酷な死でしか美は完結できないと、彼は考えていたのかもしれません。彼はもう死んでしまったので、その辺のことは聞くことはできませんが……いったい、どう思いますか?解らない。そうでしょう。もちろん、私にも解りません。彼が何を考えていたのかなんてね。これでも、私は常識人を自負しているんですよ。そうです。私の友人のひとりなんて、この話を聞いて楽しそうだったんですから。それに比べれば、私なんてマトモもマトモ。
しかし、本当に困ったヤツですよね。自分の好みの被害者を見ると、被害者もヤツに殺されることを望んでいると思い込んでしまうんですから世話がない。被害者にとってはとんだ迷惑と言うものです。そういえば、いきすぎた片思いと、誰かが言ってましたね。言いみえて妙だと思いませんか。
ヤツが好んだ犠牲者というのは、所謂アンドロギュヌス系と言うんですかね。少女だったら凛々しい美少女。少年だったら女々しい美少年。かなり、節操なく聞こえますけど、本人曰くアンバランスなところが魅力なんだそうですよ。私にはそのような趣味は解りませんけどね。解ったところで、そういうことはしたくないですよ。 どうして、そんなことが解ったかって。実はヤツが書き残した手記があったんですよ。殺害記録日記ってヤツですかね。それも、手記だけではなく殺した相手の顔写真プロフィールから、殺害現場の写真まで克明に残していたんですから。もの凄いいれこみようですね、と知り合いが感心してましたけど。そういうもんですかね。
美しいものを美しい刻で終わらせたい。
それが、彼の唯一のそして全ての望みでした。誰しも、一度は美しい刻で止まってほしいとは思う時があるかもしれません。しかし、それは叶わぬ幻想だと思い終わりを告げることになるものではないでしょうか。それでも、古来の人のなかには、美しい刻で止まることを願い実践した人もいます。例えば、エルジュベルトーバートリーなどが良い代表例でしょう。彼女は、若い女性の血により自らの若さを凍らすことを選んだのならば、彼にとって最適だと思われた手段は、殺すことによって美しい刻を凍らせることでした。
殺す手段も、殺す舞台も全て彼の美意識から選ばれたものだそうです。そうそう、どの屍体の写真にも薔薇がまき散らしてありました。よほど薔薇が好きだったらしいですね。殺しと薔薇とチゴイネルワイゼン。どうせ好きなら、薔薇とチゴイネルワイゼンだけにしておけば害はなかったのにと思いますけどね。そうでしょう。
何故、音楽をかけながら殺したかですか?本人の美意識かもしれないし、または元々音楽というものはトランス状態に持っていくのに良いそうらしいですよ。教会音楽なんて、その最たるものでしょう。確か、かのジル・ド・レイも、少年のが歌う聖歌を聞きながら美少年を殺したと昔どこかで読んだ覚えがありますよ。まぁ、私は試したいとは思いませんけど。
夢幻は夢幻であるが故に美しいのだ。と、彼は手記にこんなことを書いていましたが、彼自身もそれを実行していればこんなことにはならなかったのです。ただ空想するだけなら、別に害はありませんからね。実行するから、おかしくなるんですよ。
だからこそ、最後は死神にとっ捕まる羽目になったんでしょう。それも、酷くタチの悪い死神にね。え、彼は自殺じゃなかったのかって?別に、私は他殺と言った覚えはないんですけど。そう聞こえましたか。そういうつもりは、別になかったんですけどね。比喩ですよ、比喩。彼は真実彼自身の手によって、その息の根を止めていましたよ。これだけは断言できます。
え、ずいぷんと彼のことを理解をしながら否定しているように聞こえるだって?実は、途中から知り合いの受け売りなんですよ。受け売り。だから、私の口調も棒読みみたいでしょ。その知り合いにも、彼のような趣味があるんじゃないかって。どうでしょうね。アレの場合。少なくとも、そういう趣味は持ってなさそうですけどね. 最近は色々とうるさいんで、大きな声じゃ言えないんですが……ま、どう理屈を述べようとも、所詮はイカれたやつには違いませんけどね。困ったもんです込みの激しいヒトってやつは。
(とくん、とくん、とくん、と…くん…)



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