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ココア入り薄荷ミントココア入り薄荷ミント温泉行くなら、ゑびす屋をご贔屓に。 黒いレースの飾りをついたオフホワイトのゴシックロリータ風のワンピースとヘッドドレスで着飾り、棺桶型のバックを持ってしゃなりしゃなりと旅に出よう。温泉に行くために。しゃなりしゃなり。 その日は、朝起きると突然温泉に行きたくなり、誰にも告げずに旅に出た。目的地はKが教えてくれたゑびす屋と言う温泉旅館である。ゑびす屋がある聞いたこともないような名前の駅を降りると、黄昏色をした空をバックに埃っぽい砂が舞い上がる、鄙びた町がポップアップ絵本のように広がる。因みに、この駅で降りた乗客は僕一人であった。改札口に立っている気味悪いにたりとした笑みを浮かべる駅員さんによれば、この町はナム・メモをかけたアルミニスタン羊のミートパイが名物だそうである。確 かに駅前には、アルミニスタン羊のミートパイと書かれたカラフルなノボリが飾られている店が建ち並んでいる。ノボリには商品名の他に、『禁断の味』、『空前絶後』等のあおり文句が入っており、旅行者の購買意欲を煽っている。しかし、どの店も各々『元祖』『本家』『本元』等と書かれており、そうやらどの店も自分の店が発祥の地だと言い張っているようである。 そんな事はさて置いて、僕はうさんくさい駅員さんをあとにして、Kが教えてくれたゑびす屋に足を向けた。駅から歩くこと十分、面前に現れたゑびす屋はそれはそれは一風変わった旅館だった。 枯山水のある日本庭園に立ち並ぶ物置。離れ屋ではなく、本当に物置なのである。その物置の入り口には「萩の間」「桜の間」「桔梗の間」等、いかにも温泉旅館の部屋のような名が書かれた看板がつけられ、風に揺れていた。なんともシュールな光景。 その中のひとつに「管理人室」と書かれた葉でな電光で飾られたポップ看板の下にけばけばしい化粧をして、ピンク色した少女趣味のこれまた派手な格好をした双子の老婆。二人ともべたべたとした真っ赤なものが付着した出刃包丁を持って、ちょこなんと座っていた。老婆達は僕を見ると同時ににやにやと笑う。それはある意味凄絶な光景だったことは言うまでもない。僕が老婆に今日宿泊した旨を伝えると老婆達は甲高くけたたたましいユニゾンで答えた。 「お一人ではお泊まりにはなれません。泊まりたかったらお風呂はなし」 何とも簡潔なお答えだった。しかし、僕は温泉に入りたくてここまで来たのだかから、お風呂なしでは意味がない。仕方なく、僕は「ゑびす屋」に宿泊することを諦め、別の温泉旅館を探すことにした。もちろん道中、「ゑびす屋」を教えてくれたKを思いつく限り罵ったのは言うまでもない。 しかし、悲しいかな幾ら歩き回っても温泉旅館など姿も形もなかった。それどころか、廃墟のような不気味な建物しか見つからなかったのである。それでも、人気のない道をあてもなく歩いていると、通りすがりの通行人に「お一人でふらふら歩いていてはいけません、殺されますよ」と物騒なことを言われてしまったのである。更に仕方なく、僕は駅に戻り、にたりと笑う駅員から切符を買って最終電車で帰った。 帰宅後、さっそくKに文句を言いに行ったが、Kに言わせると僕が行った「ゑびす屋」はKの行った「ゑびす屋」どころか駅の様子も全く違っているらしい。 一体全体、あの町と「ゑびす屋」は何だったのだろうか。 無口な店の話(カラン、カラン、カラン) 来客を知らせる、カウベルの音。 (カラン、カラン、カラン) ある日、気がつくとその喫茶店はそこにあった。 その日、私は漸く手に入れたばかりの本を読みたくて仕方なかった。家に帰るなんて待つことができない。では、移動する電車の中で?それでは、今日の気分でないし、ゆっくり読むこともできない。と、言うわけで私は本を読むために真っ先に目に入った新しくできたらしい見知らぬ喫茶店に足を運んだ。因みにその喫茶店はまるで客を拒むかのような位置に建っていた。 こじんまりとして小さく、感じの良い、アンティック調の小奇麗な喫茶店。 全体的に店がアンティック長の造りのためだろうか、真新しいはずなのに、すでに十分に古びて良い味を醸し出してしまったような感じを受けた。 外から覗くと店内の席は殆ど占められているほどの盛況。私が店の窓際の席に入れたのはひとえに僥倖と言うしかない。 ただし、店内は極めて静かで盛況している雰囲気は皆無。いや静かと言うか、ざわざわしているのに静かに感じるというのが正確な表現であろう。 窓の外には、木製の洒落た看板がカタンカタンと音を立てて冬の風に揺られている。達筆すぎて誰にも読めない看板に書かれた店の名前はどこかに言葉で『木枯らし』を意味するモノだそうだ。名前の由来はテーブルの上にそっと置かれた紙片に書かれていた。 微動だにしない空気。 私は空席に座ると、本を開く。 店内に流れる、心地良い音量のボサノバ。 メニューはひとつだけ。今日のお勧めのみ。 カチリと言う涼しげなガラス音に、ふと顔を上げるとテーブルに上にアイスコーヒーが入ったグラスが置かれていた。いかにも涼しそうな水滴を体中に纏った味わいの深そうなアイスコーヒー。 どうやら席に座れば頼まなくても勝手に『今日のお勧め』が出てくることになっているらしい。用意が良いというか、我侭な店と言うか。そもそもメニューが『今日のお勧め』しかないのだから選択権は私には元々ないのだけど。 黒曜石色の液体でなみなみと満たされているグラスの中をストローでかき回すと、カラカラ、カラカラと氷がグラスにあたって涼しい音にたてた。 アイスコーヒーを一口飲むと、黒い液体が透明な管を伝わって口中に広がる。暖かい店内で味わう冷たさはこの上ない至福のモノ。暖かいと言っても人工的な暖かさではなく、まるで日溜りの中にいるような暖かさ。 店にいるのに、何故か店の中だけ春がやってきてしまったかのような感じだった。 無口なマスターに、無口な客。 誰もが無口な店。だからと言って陰気ではなく、みんなで日向ぼっこをのんびりしているかのような感じであった。 (カラン、カラン、カラン) 来客を知らせる、カウベルの音。 (カラン、カラン、カラン) どうやら私の次の客がやってきたらしい。誰かが入ってくる気配。外の冷たい空気と店内の暖かい空気が出会い、店内の空気がくるくると渦を巻いた。 店内に入ってくる靴音がふと止まる。次の瞬間、新たな客はぎゃっと叫ぶやいなや店から靴音も荒く逃げ出した。脱兎のごとく。乱暴に閉じられる扉。扉の上部に付けられたカウベルが耳障りと思えるほどしきりに鳴り響いた。 私は何事かと思い、本とアイスコーヒーから意識を遠ざけじっくりと店内を見回した。 そして、私は気づいた。 店内はマネキン人形だらけだった。店のマスターも椅子に座っておいる客も全てマネキンだった。目も口もない、真っ白な顔。丁度コーヒーを淹れようとしている姿のマスターのマネキン。アイスコーヒーのグラスを今にもこぼれそうなほど傾けている女性のマネキン。窓辺で顔を楽しげに突き合わせている男女のマネキン。マネキンたちは思い思いのポーズを取ったまま身動きひとつしていなかった。 なるほど、無口なはずだ。 私はそう納得すると再びアイスコーヒーを一口飲んだ。 カラカラカラ、氷が溶ける音と流れ続けるボサノバ。 |
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