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悪夢こんな夢を見た。とらえどころのない悪夢。悪夢をひとつ下さいな。(アン・ドゥ・トロア) (アン・ドゥ・トロア) (アン・ドゥ・トロア) 場所はどこかのお屋敷。屋敷の壁にはバレリーナの影が躍っている。だんす・だんす。テーブルの上には、舞台を模したミニチュアが載せてある。キリキリキリ。螺子が巻かれる音。そして、幕が開かれる。 (金属的なオルゴールの音) 舞台の上に現れたるは、古今東西の奇書・希書が並べられた書斎。木製の螺旋階段、黒檀で出来ているシノワズリー趣味の家具類。オルゴールの金属的な音と伴に停止していた光景が動き出す。 (アン・ドゥ・トロア) (アン・ドゥ・トロア) とんとん、何の音?それは、三日月ウサギ印の配達屋さんがやってきた音。 警視庁猟奇課警部である神田川一生氏にキ印のお茶会の招待状が来たのは、三日月の月夜のことだった。悪夢の中の浮上。神田川が深夜のチャイムの音に眠い目を擦りながら玄関に出ると、そこには緑色の制服を着込んだ人間大の白兎が立っていた。黒い肩掛けの革鞄には、『三日月ウサギ印の配達屋さん』と書かれている。白兎は神田川に、にやっと笑いかけると白い封筒を神田川に手渡して受領印を要求した。(ウサギがどのようにして笑うのですかって?でも、確かに白兎はニヒルに笑ったのですよ)神田川が半ば呆然と印鑑を押した。そして、白兎は神田川に軽く手を振ると舞台から退場した。醒めた悪夢から新たな悪夢へ。取り残された神田川は手の中の白い封筒を困ったような顔で見下ろす。封筒の表書きには、招待状と金色の飾り文字で書かれていた。それにしても、白兎の配達屋はこれだけの表書きで、よくぞ神田川の所まで配達に来たものである。神田川は首を傾げながら中身を確認すると、封筒の中身は見紛うなきお茶会の招待状だった。ただし問題があるとすれば、神田川が毎日のように訪問している相手からの招待状だったと言う点であろう。今更改まって招待状とは何のことやら。いつもながら、神田川には良く理解できない思考だった。それにしても、神田川氏はお仕事大丈夫なのだろうか。 白昼、白昼、白昼。 白い日差しが、石畳の上で踊っている。白昼、白昼。白い石畳の上をボール紙でできた黒い猫がにゃあと一声鳴いて走り去って行った。 誰もいない路上を子供の笑い声が滑っていく。どこからか、鈴の音としめやかなる歌声が聞こえる。レースの日傘と断髪姿の女の影が白壁に映っている。『傀儡堂』と書かれた看板の骨董屋の横から延びる細い坂道と石段を下ると、目の前には懐古趣味溢れる町並みが広がる。石畳の小道と緑に囲まれた無人の屋敷や煉瓦造りのビル。何故、ここには無人の屋敷やら廃ビルばかりが立ち並んでいるのか、それは永遠の謎である。まるで、悪い夢で作られたような町。 迷路のような人気の全くない細い小道を暫く歩くこと十分。煉瓦で造られた古風なビルアパートが見えてくる。ここが、神田川の目的地の異人館だった。このビルアパートの今にも落下してしまいそうに乱む昇降機と呼びたくなるようなエレベータで五階に上がると、清廉潔白探偵事務所と言う冗談のような名前の事務所が入っている。『清廉潔白探偵事務所』と銀色の文字で曇り硝子に書かれた扉を開ければそこは昨日見た悪夢に似た場所。 事務所の入り口では、白い陶器製の人形にも似た整っているが無表情の女中が神田川を出迎える。裾の長い黒いドレスに、白いレースの襟。そして、同じく白いレースのエプロンにヘッドドレス。まるで絵に措いたような古風な女中姿である。ここの主人に言わせれば、これは本人のケレン趣味の表れと言うことになるらしい。 しゃらしゃらと衣擦れの音がする。 女中に案内された奥の書斎には、サラサーテの『チゴイネルワイゼン』が流れていた。壁一面が古今東西の奇書・希書で埋まっている書斎は濃いセピア色の世界。神田川が見たこともない字で書かれたどこから手に入れたのかすら解らない稀書がところ狭しと並んでいた。ビルアパートの二階分をぶち抜いて作られた書斎の螺旋階段を神田川が下りてくる姿を見てこの部屋の主人である『少年探偵』がにっこりと笑いながら出迎える。どうやら、今日は少年探偵であるらしい。 黒服の小悪魔。 「ごきげんよう、警部さん」 少女のようにも、少年のようにも見える狂った悪夢のような存在。青碧色した瞳を持った綺麗な小悪魔が花が綻ぶように微笑んだ。黒服を着た自称少年探偵は、性別不明、正体不明の小悪魔は何を隠そう怪奇猟奇事件専門の所長だった。怪奇猟奇事件どころか、本人を取り巻く周囲も怪奇・猟奇事件といずれも劣らない人物ばかりと言う異常さである。 「珍しいね、こんなので呼び出したりして」 神田川は、招待状を振り回しながら定位置に座る。神田川が座ると同時に、目の前に置かれるジャスミン茶の入ったシノワズリーな茶碗。 「いつもと、趣が違っていて良いでしょう」 少年探偵の台詞に、神田川は首を僚げる。だいたい、神田川には少年探偵の趣味なんぞ想像がつかないので首を傾げることしかできない。 「それで、用件は?」 「お茶会をするために決まっているじゃないですか?それ以外に何があるっていうんです?それで、招待状を出した次第です。巽、用意を」 少年探偵の声に性悪執事が手を叩くと、どこからともなく手に手にお茶の道具やら、お菓子やら、サンドイッチやらを銀のお盆に捧げた女中たちが現れ、室内にお茶会の用意を始める。そして、いつの間に来たものだか、世界制服を企む少年探偵の姉やら、ハードボイルドな調査員やらが現れてお茶会に加わっていた。それどころか、グラン・パドゥドゥを錬る何やら銀色の丸いものを被った燕尾服姿の男や、土星のようなものを被ったドレス姿の女やらで奇妙な客で沢山になってしまった。極めつけは、席はないよと叫んでいる帽子姿の男と兎と眠りねずみだろう。追いかけっこをする、赤ずきんと狼。スペインの踊りに、金平糖の踊り。船に乗った少女人形と探偵が花を巻きながら歌い。解体された男が入った箱の上にて、だんすをする黒と銀の双子。鼠の馬車に乗った、悪い妖精が窓から飛びこんでくる。さあ、くるくるくると踊りませう。 (アン・ドゥ・トロア) (アン・ドゥ・トロア) (アン・ドゥ・トロア) いったいこの状態は、どうしてなってしなったのか。周囲のらんちき騒ぎに混乱した頭で神田川はお茶やらお菓子を受け取る。手に入れたお茶やお菓子を飲食し、三日月兎の郵便屋や、砂糖菓子のお嬢さんと愉快に踊っている内に、神田川はだんだんぼんやりとしてきた。時間の感覚が狂っていく。そのうち、すっかり夢心地。少年探偵は神田川がすっかり夢心地に浸っているのを認めると、にやっと猫のように笑って、テーブルの上に置かれた舞台を模したオルゴールの螺子を巻く。 ぎーこ、ぎーこ、ぎーこ。 オルゴールの金属的な音とともに、影のバレリーナの登場。思い思いの締りを踊りながら、影のバレリーナ達は増殖を続ける。青い鳥とフロリナ姫。瓶の中のオーロラ姫。 くるくるくる。バレリーナは掃っている。 くるくるくる。バレリーナが掃っている。 少年探偵ご自慢の古今東西の怪しい本が揃並べてある本棚一面に、バレリーナの影がくるくると躍っている。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。蹄る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。漁る。踊る。踊る。締る。踊る。締る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊る。踊っている。だんす、だんす。ぴるえっと、ぴるえっと、ぴるえっと。 (アン・ドゥ・トロア) (アン・ドゥ・トロア) どこかで、螺子が巻かれる音がする。オルゴールの金属的な音で奏でられる音楽。 (アン・ドゥ・トロア) 金糸で裾を刺繍した真紅の鍛帳がするすると、どこからともなく舞台にゆっくりと下りてきた。あまりの展開に仰天してソファから立ち上がった神田川を横目に、少年探偵や、性悪執事を始めとする登場人物が優雅に舞踏会風のお辞儀をして、終わり。 終幕、終幕、終幕。 神田川がこれは悪い悪夢だと悲痛なまでに喚く声が、幕の奥から聞こえる。しかし、それも暫く立つと何も聞こえなくなった。終幕を知らせるブザーの音。客席が明るくなり、ヒトのざわめきが一時大きくなるがだんだん少なくなる。 そして、残るは無人の劇場。 これで、おしまいハンプティ・ダンプティ。 H博士の健康診断と監禁ホットチョコレートに、夜のお供のお菓子たち。そして、お気に入りの椅子と毛布。私の冬の夜長の読書タイムの準備は上々。さぁ、読書の海に乗り出そうとした時だった。とんとん、何の音。扉を開けると、扉の向こうには白衣の天使と白衣の医者。どうやって、四階まで持ってきたのかリアカーには健康診断をするような用具でいっぱい。白衣の天使と白衣の医者は、呆然としている私を無視して手馴れた様子でリアカー一杯の用具を私の部屋に設置しだした。いったい、これは何事。抗議しようにも、私の喉は壊れたように声は出ず、丘に上がった魚のようにぱくぱくと空気を吐き出すだけだった。無言で黙々と用意をする白衣の天使と医者。あっと言う間に私の部屋はひとつの病室のようになってしまった。 「では、健康診断を始めましょう」 「はい、健康診断を始めましょう」 白衣の医者と白衣の天使は歌うように口々に言うと、無理やり私の健康診断を始めてしまった。私の意志など、怒涛のような津波の前にはないにも等しいみたいである。血圧測って、あら血圧は思ったより低いのね。注射器を血管に刺し、あら血管がなかなか見つからないわとやりなおし。ではでは、ここいら辺かしらと言いつつ再度針を刺す。身長測って、去年より低くなってないかしら。(去年の記録はどこぞ)牛乳をちゃんと飲まなきゃ駄目よ。体重量って、ノーコメントにしておくわ。ここで、登場するは手品のようにどこからか取り出したる見たこともない機械。 白衣の天使は最後に、私を上半身を裸にすると色々な色の線を取り付けると、見たこともない機械の前で白衣の医者とこそこそ話しだす。こそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそ。 耳障りな程、二人は話続ける。何かあったのだろうか? 「はい、結果が出ました」 「はい、結果がでました」 ふたりはくるりとターンして、両手を開いてポーズを取る。どこまで本気でどこまで冗談だかが解らない。白衣の天使と白衣の医者はそれこそ拍手をしたくなるようなユニゾンで私に告げた。 「検査の結果、貴方は入院です」 それから、白衣の天使と白衣の医師は私の家に居座っている。どうやら、彼らに取って私の部屋は彼らの病院の病室になってしまったらしい。迷惑極まりない。そして私は考える。彼らは来年の今頃に検査をして、もし私が正常だったら出て行ってくれるのだろうか。それは、永遠の謎なのである。 |
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