万恒河沙巫女と似非探偵と怪人のいる処-和風ファンタジーと不条理小説


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ひとくいのかがみ/しんちゅうあそび

キ印のお茶会

(カチカチカチカチ)
時計の振り子が正確に小刻みに揺れる音。
(ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン)
クラッシックな掛時計の鈍い金属を叩く音が、13回打ち終わった途端に私は自分の書斎から消えて、枝垂れ櫻の大木の下にいた。時間と空間を無視したあまりに唐突でルナティックな移動であった。
窓も扉もない部屋の中にギリギリ収まる位で生えている櫻。(櫻が部屋にあるのか、部屋に櫻があるのか)
白黒の市松模様の床から違和感なく生えている櫻。(櫻が床に生えているのか、床に櫻が生えているのか)
床を靴の踵で踏みしめると、カツーン、カツーンと硬質な靴音が室内に反響する。案外としっかりとした床である。試しに頬を抓ると、鈍い痛みが頬に伝わる。どうやら、不思議なことに一応現実らしい。
櫻の下には四人分のお茶会の用意がしてある。
白いテーブルと椅子。四人分の空席。よくよく見てみると各々空席の前には白地に金で縁取りされたカードが置かれていた。そして、その中に何故か私の名前が書かれているカードがあった。どうやら私は自分が知らぬまにお茶会のお客になってしまったらしい。いやならされてしまったと言うのか正確なのかもしれない。
私は自分カードが置かれた椅子に座り、ひとりっきりでホスト及び招待客がやってくるにを待つ。私がどんなに考えても、誰が座るのか思い当たらない空白の席。他の空席の前に置かれたカードはあまりに技巧的に書かれているのか私の目がおかしいのかどうしても何故かカードに書かれた文字を読み取ることはできなかった。
薄紅色の櫻。
いつになっても、なかなか主人役及び他招待客が現れないお茶会。
時間ばかりが時計の振り子の音とともに過ぎ去っていく。(カチカチカチカチ)(カチカチカチカチ)(カチカチカチカチ)どこからともなく聞こえる時計の振り子の音。 薄紅色の櫻。
ケーキ皿に添えられた『私を食べて』と書かれたカード、紅茶が入っているに違いない白いポットには『私を飲んで』と書かれた札が柄に結わいつけられている。どこかで聞いたような文言。
私は白い椅子に座って待ち続けた。
薄紅色の櫻。
誰も来ないお茶会。
どの位待っただろうか。私はあまりの手持ちぶたさにふと戯れを思いついた。こんなに待ち続けているのだから、さぞや櫻も喉が渇くに違いない。テーブルの上の白い紅茶ポットを手に取り、その中身を櫻の根元にほんの少しだけかけてみた。
あっと言う間に市松模様の床に染みていく紅茶。
溢した紅茶は吸い込まれるように直ぐに床から姿を消してしまった。思った通り、櫻は死ぬほど喉が渇いていたに違いない。床から紅茶が姿を消すのと同時に、櫻が薄紅色から血のように真っ赤な色に咲き狂った。
血を啜ったかのような櫻。
血を啜ったかのような櫻。
血を啜ったかのような櫻。
その時、室内の照明が一度にカタンと落ち、櫻が幽霊のように青白くぼぉっと浮かび上がる。真っ赤に変化した櫻の花びらの縁が青白く光っていた。突然窓もない部屋の中に一陣の突風。風に煽られて、櫻がざわめいた。ざわめく。ざわめく。静まることはない。ざわめく、ざわめく、ざわめく。ざわめいた。
次の瞬間。
咲き狂った櫻は、通り雨のごとく呆気なく散ってしまった。
櫻が降ります、櫻が降る。
私は散っていく櫻を前になすすべくなく立ち尽くす。
櫻が降ります、櫻が降る。
紅色の花びらを体から振り落とした櫻は、その黒ずんだ体を恥じて隠すかのように青黒い墨のような暗闇の中に消えてしまった。ただ、床に散った紅色の花びらだけが、暗闇の手から逃れて匂いを残していた。
暗闇の中に浮かび上がる四人分のお茶会。
私が勝手にティーカップに白いポットから紅茶を注ぐと淹れたお茶はドロリとして血のように赤い色をしていた。
誰も来ないお茶会。もしかしたら、お客は私だけだったのかもしれない。



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